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俺の嫌いな日本

日本生まれの日本育ちだから他国と比較したことは書けない。だから日本だけ特別なのか、そうでないのかは区別しないで嫌なところを書こうと思う。

2008年版・「日本的なもの」への不快感

あぁ、同じように感じている人がいるんだなぁと思った。入門力士が死亡した事件は日本社会に存在する戦前の軍隊的社会から全く前進していない、いやそんなんじゃなく伝統になってしまったのだろうか。中学生の頃、運動(軟式庭球)部に所属していたが上級生には絶対服従である。練習するにしても柔軟やランニング、ダッシュなど以外は球拾いの毎日だ。先輩が不機嫌な時は何をされるか怯えたものだ。そんな縦社会は今も続いていると思うし、国技である相撲部屋での親方は弟子から見れば神に見える存在なのだろう。それじゃぁ親方というのは神と呼べるような資質のある人物なのかといえば、全員がそうとは言えないだろう。親方になるための条件はあると思うが、今後はもっと厳しい審査にしてもらいたいと思う。

食品の製造日を偽装した事件にしても、賞味期限を過ぎたら(多少味は落ちるが)食べても問題ないにも関わらず売り物にならないから捨てなければならず”もったいない”という思いがあったのだろう。消費期限を延ばすために保存料を添加すると消費者は嫌がって買わない。保存料を添加しないと在庫管理がクリティカルになって廃棄しなきゃならない量が増える。すると食べ物を捨てるなんて”もったいない”と非難される。最近増えている消費者のクレーマー化現象だ。年金管理にしたって国民背番号制度にしておけば、ここまで問題が大きくなる前(制度開始時)に対処できたと思う。個人情報が悪用されるなどと拒絶される人がいるが、もっと別のところから個人情報は流出しているのである。世間に対して何も疚しいことをしていない人なら国民背番号制度はデメリットよりもメリットの方が大きいと思う。もちろん情報管理は厳重に行うことが前提だが。

日本のマスコミは恣意的に情報を操作する。先日、芸能人の女性が交通違反をした記事を読んだが、記事の最後に”3人の子どもがいる”という記述があった。”3人の子どもがいる”ということは交通違反とは全く関係のないことなのだが、”3人の子どもがいる母親なのに交通違反をしている”という悪いイメージを読者に与えようとしているのである。

我々日本人は、もっと賢くマスコミに利用されないようにならなければいけないと思う。そうしないと昔の日本のように戦争に勝てば万歳と取り返しのつかないところまで突っ走ってしまうことになりかねない。

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